フウカと角が実際に会えるのは、年に数回あるかないかだ。

彼女はこの町から滅多と出ないし、角はほとんどを空で過ごす。
出会った時からお互いに変わらない、不満を持ったことはないが少しばかり寂しいのも本当だ。

だから何かの拍子にふらりと訪ねてくれると嬉しくて、自分の誕生日のためにわざわざ日を合わせて くれたとなると喜びも一入だった。
ちゃんと顔を合わせて、目を見て、おめでとうと告げられる。それに勝る贈り物は、他にない。

でもだからこそ、フウカには一つだけ引っかかっていることがあった。

「角さん」
「ん?」

どうかしたかと静かな目を向けられると、顔を曇らせるのが忍びなくて何でもないと言いそうになる が。
今日こそは聞かねばならないと意を決して、じっと見つめ返す。

「一つ、お聞きしてもいいですか」
「? 答えられることなら」

フウカの様子に首を傾げつつ頷いてくれるので、一度息を整えて口を開く。

「角さんの誕生日って、いつですか」

実は、これまでにももう何度か聞いたことのある質問だ。
そのたびに角は僅かに困った色を落とし、答えを濁す。
聞かれたくないのだろうと察しはつくが、何故聞いてはいけないのかが分からない。

フウカをこうして祝ってくれるように、彼女もまた彼を祝いたいだけなのに。

「お誕生日を明かしたくないなら、他言はしません。悪用もしませんよ。ただ私もお祝いしたいだけ なんです……、駄目ですか」

じっと目を見据えたまま尋ねると、角は今回もまた眉根を寄せてふらりと視線を外した。

「角さん、」

続けて問いかけようとしたが角の困ったような顔を見て、フウカもしゅんと項垂れた。

「ごめんなさい……、そんなに聞いてはいけないことだったんですね……」
「いや。……いや、聞かれても答えようがないだけだ」

悪いと角のほうが申し訳なさそうに謝罪するのを聞いて、そんなことと頭を振ったフウカはそれでも 分からず首を傾げた。

「答えようがない、というのは……、」

あまり突っ込んで聞かれたくないのだろうと見当はついたが、つい尋ねてしまうくらいには理解が及 ばない。
明確に答えのある問いかけをしたのではなかったかと首を捻ると、角は変わらず困った顔のまま首の 後ろをかいた。

「気がついた時には、裏町にいた。実際には年齢も定かじゃない……、知らないんだ」

だから答えようがないと肩を竦めるようにして答えられたそれに、フウカは自分の呑気さを思い知ら された気分で知らず息が止まった。

ああ。彼女の人生だって色々あった、語りたくないことの一つ二つはある。
それでも幼い頃の記憶は優しく温かく、彼女を支えてくれることも多い。
皆がそうあってほしいというのが勝手な願望でしかなく、目の前の大事な人さえ傷つける呑気さだと 気づかなかった。

「ごめ、」
「謝るな、別に気にしてない。……お前がそういう反応をするだろうから、言いたくなかっただけだ」

別になくても困ってないと苦笑した角の手が、優しく頭に乗せられる。
そのままぽんぽんと軽く叩かれて泣き出しそうになったが、気にするなと重ねて笑う角が優しくて胸 に迫る。

「今日!」
「ん?」
「今日を誕生日にしては駄目ですかっ」
「……今日はフウカの誕生日だろう」

何を言い出すんだと眼を瞬かせる角に、だからですと意気込んで重ねる。

「今日なら角さんといっしょにお祝いできるじゃないですか。他の日にしちゃうと、直接会えるかも 分かりませんし……」

直接お会いしてお祝いしたいですからと照れながら続けると、何故か痛そうに額を押さえて俯かれる。 またおかしなことを言っただろうかと軽く慌てて確認しかけたところに、うわあっと激しく泣き出し た声が届いた。

「心火ちゃん?!」

小さな子供の泣き声であれば一人しか心当たりはなく、視線を向けた先では案の定心火が正に火が ついたように泣いている。

「どうしたの、何があったの?!」

面倒を見ていたはずの姉と母に尋ねながら駆け寄ると、いやそのと困ったように姉が口籠る。

「いやああぁっ、帰る、天極、帰るーっ!!」

わんわんと泣きながら逃げようとする心火に、待って危ないと引き止める。
心火どうしたと後ろから慌てて手を伸ばしたのは角で、気づいた心火はいやあ! と全身で拒絶した。

「角、嫌い! 帰る、天極とこ帰るーっ!!」

大嫌いと力一杯拒絶する心火に角は珍しくあからさまに傷ついてふらりとよろけたが、すぐに膝を突 いて心火と目線を合わせている。

「心火……、どうした、何があった」

いきなり嫌いって何事だと心なし拗ねたようにも聞こえる問いかけにも、心火はいやあ! と身を捩 って逃げようとする。
泣いたまま今にも転びそうなのが気になって、危ないからとそっと抱き寄せる。

「どうしたの、心火ちゃん。天極さんのところに帰るなら、角さんと一緒に帰ろう?」
「いやっ。俺はここの子じゃない、帰るーっ!!」

天極、天極と激しく泣き喚く心火の言葉に引っ掛かり、フウカは心火を抱き止めたまま姉を見上げた。

「心火ちゃんに何を言ったの?」
「いや、ここまで真に受けると思わなくてさ。このまま家の子になっちゃえばいいのにって、つい」

悪気はなかったんだよと慌てて言い訳する姉の言葉を聞いて、ああと角が苦い声を出した。

「成る程、思い切りトラウマを刺激されたのか」
「トラウマって?」

泣き叫ぶ心火を心配そうに見ながら母が尋ねると、角が深い溜め息をついた。

「一度、頭領が心火を船から降ろそうとしたことがある。あれも悪気があっての話じゃなかったんだ が……」
「っ、そういうことは先に言っとけよ!」
「そもそも家の妹を勝手に勧誘するな」

ぎっと睨み合って火花を散らす角と姉はとりあえず置いて、フウカの手からも逃れようともがいてい る心火に視線を変える。

「ごめんね、心火ちゃん。驚かせて。家の子になってくれたら嬉しいのにって思うくらい心火ちゃん のことが好きなだけで、無理やりここにいてって言うんじゃないから大丈夫よ」

だから泣かないでと慰めると、暴れるのをやめた心火が泣き濡れた目で疑るように見つめてくる。

「ほん、とに……?」

ぐすりとしゃくり上げながら確認され、勿論と笑顔で頷く。

心火はまだべそべそしたままもフウカに向き直ってきて、本当に? ともう一度確認してくる。
フウカはハンカチを出して心火の頬を拭いながら、天極さんのところにいたいものねと笑いかけると 大きく頷かれる。

「もし家の子にって本気で言っても、角さんが駄目って許してくれないから安心して」
「……角、俺のこと、捨てに来た……」
「そんなわけないだろう。俺はお前を捜しに来たんであって、連れてきてないぞ」

お前が一人でここまで来たんだろうと呆れたように角が突っ込むと、心火もようやくはっとしている。
もじもじと自分の服を捕まえながら、上目遣いで角を見上げた心火は消えそうな声で言う。

「角、俺、嫌いじゃない?」

ぼそぼそと尋ねられ、角は軽く目を眇めて手を広げた。

「お前は俺が嫌いなようだが、嫌ったりしない」

おいでと柔らかく促した角に、心火はぱあっと嬉しそうにして飛びついている。
角好き! と首筋にぎゅうと抱きついている心火の様子にふっと口許を緩めた母が、振られたねぇと 面白そうに語尾を上げたのを聞いて姉がちぇと複雑な顔をする。

フウカはくすくすと笑いながら立ち上がり、店の前が少し騒がしくなってきたのに気づいた。
母もちらりとそちらに目を向けると、そろそろ店を開くかねぇとのんびり言って心火の顔を覗き込み に行く。

「またいつでも遊びにおいで。ここから出さない! なんて言わないからさ」
「でも兄貴を連れてくんのはやめといて。ほら、フウカがちゃんと送ってくれるから平気だよ」

無理に家の子にしたりしないからさと姉が苦笑気味に心火の頬をつつくと、ちょっと間悩んだように 黙っていた心火はそれでもこくんと頷いた。
よかったと笑う姉と母を見て心火もにしっと笑い、角が宥めるようにその背を撫でた。

「店を開くなら、そろそろ船に戻ろう。早くから邪魔をした」

申し訳ないと軽く頭を下げた角に母は複雑な顔をしたが、肩越しに振り返っている心火の眼差しに負 けたようになんてことないよと手を揺らした。
普段では有り得ない穏やかに角は軽く眉を上げたが、言葉を控えて邪魔をしたと挨拶して歩き出す。

看板を戻しがてらお見送りをとついていくと、店に残った二人に心火がばいばいと手を振る。
その可愛らしい仕種に二人とも相好を崩し、手を振り返しているのが微笑ましい。

店を出ると開店を待ち兼ねたお客さんが結構並んでいて、お待たせしましたとお詫びしながらどうぞ と促すと一斉に雪崩れ込んでいく。
すぐにも手伝いに戻らねば手が回らなさそうで、名残を惜しむ暇もないようだ。

それでもせめて最後に挨拶くらいと向き直ると、角が心火を下ろしてフウカと呼びかけてきた。

「はい」
「誕生日おめでとう。ばたばたしてて悪いな」
「いいえ、こちらこそ心火ちゃんを泣かせてしまってごめんなさい」

これに懲りずにまた来てねと、離すまいとばかりに角の右足にぎゅうと抱きついている心火に視線を 合わせて声をかける。
うんと頷く心火を撫でて体勢を戻すと、珍しく何か言い淀んでいる角に気づいて首を傾げた。

「角さん?」
「……さっきの話だが」
「さっき」

何の話だったろうと記憶を辿っていると、誕生日の話だがと察して言い添えられる。
はっと思い出して角さんのお祝いもしなくちゃ! と慌てると、半年後でいいと言われて目を瞬かせ る。

「半年……?」
「フウカが決めてくれるなら、半年後のこの日にしてくれ」
「それは構いませんけど……、でも」

直接会ってお祝いができないかもしれないと知らず落ち込みそうになると、ふらりと角の視線が逃げ た。

「まぁ、別に、誕生日でなくとも連絡をくれて構わないんだが」

そんな理由でもないと連絡してこないだろうと、先ほど心火に見せたようにどこか拗ねたような声に もう何度か瞬きをする。
それから理解に至って、頬の辺りが熱くなった。

「え、っと、連絡……私から、しても、いい、ですか」
「いつでも」

仕事中は無理だろうが折り返すと請け負われ、ああ、そっか、連絡していいんだと知らず緩む頬を隠 したげに片手で押さえる。
気を抜けば、どこまでもだらしなく笑ってしまいそうだ。

「フウカー! いつまでサボってんの、手が足りないよ!」

早く戻りなと急かす姉の声に、はーいと答えて慌てて角に視線を戻す。

「誕生日なのに忙しいな」
「でも、そのほうが楽しいですから。角さんとも会えてよかったです」

勿論心火ちゃんにもねと付け足すと、にへーっと嬉しそうな笑顔を向けられる。
可愛いと頭を撫でて、それじゃあまたねと手を振って角に視線を戻す。

「また……、その、連絡、します」
「ああ。じゃあ、また」

時折浮かべる優しい笑みを残して、角は心火を抱き上げ直すと歩き出す。
いつもは遠くなっていく背中が寂しかったけれど、手の中に残る贈り物と連絡してもいいの言葉はほ こりとフウカの胸を温かくした。

「フウカー!」
「はーい、今行きます!」
母の呼び声は最後通告だ、急いで戻らなければ。

角の肩越しにまだこっちを見ている心火は、ばいばーいと気安く手を振ってくれる。
その手にゆらりと揺れる火を見つけ、フウカはふっと口許を緩めた。




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 おと様から頂きました、ありがとうございま…角さんかわいすぎか!!!!(バックブリッジの姿勢で悶えつつ)(お礼くらいちゃんと言い切りなさい)〈BR〉 かわいい…普段カッコいい男子の可愛い姿ってこう殺人的ですよね?ありがとうございますこれだけで成仏できそうです…!!


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