蛇では月に一度のシフト申請により、次月の勤務時間が決定される。

まだ玄武までしか揃っていない頃は、大分適当に忙しい時は一日中働いて、暇な時は大半がごろごろ していると杜撰な運営管理がされていて別段誰からも文句は出なかったのだが。
奎が家族に加わって即座にシフト制が施行され、婁によって厳しく遵守されるようになった。

それにより今までよりきちんと休憩時間は取れるようになったし、トータルで働く時間は全員がさほ ど変わらない。
これはこれでまぁいいかと家族全員が納得し、時間がずれ込んだだの遅刻しただのと些細な諍いは当 事者同士で解決できる程度、家出をしたりストライキを決行するといった事態にはならずにそこそこ 上手くいっていたのだが。

最近では、そのシフト申請時に凄まじい死闘が繰り広げられるようになった。

勿論蛇が揉める理由など、掲げるその火にしかない。
定められた食事の時間に休憩が取れないシフトは、誰しもが避けたがる。一日の内で唯一心火を心置 きなく構える時間、それがこの三度のお食事タイムだからだ。

少しでも心火と長くいられるシフトを組む、それが今蛇にとっては死活問題だった。

「余所者の俺が口出す範囲じゃねぇけど、いい年してみっともねぇなぁとは思わんのか、お前ら……」

呆れ果てた顔と声で突っ込んだのは、現在蛇の城に客分として乗っているカオン=サシュ。
四神とさほど変わらない年齢なのに、凄腕の賞金稼ぎとして現在売り出し中だ。本人に曰くただの傭 兵で、最近ではどっちかというと雑用係の気がしてきた、らしい。

「喧しい、本気で余所者は黙ってろ!」
「この戦いには俺たちの日常における潤いと憩いがかかってるんだ!」
「先月は結局十日も船を離れてたんだぞ、俺に優先権があるに決まってんだろ!」
「はっ、好きで暴れに行ってた奴がふざけんな!」

カオンに振り返ることなく額を突き合わせて骨肉の争いに勤しんでいる蛇を遠く眺め、カオンは溜め 息混じりに手元の紙を眺める。

「俺に言わせりゃ、どの日程になろうと割かし平等に食事時に休憩入ってんぞ……」
「お前の目は節穴か!? シフトCなら他より二回も多い!」
「つーかシフトBは俺は無理に決まってんだろ! 定期健診に俺と畢がいねぇで、どうする気だよ!」
「じゃあAで行け、Aで!」
「っ、先月だって一番少なかったんだ、今度のCは譲れない……っ」

喧々囂々、誰も譲らない様子で話し合いを通り越して殴り合いに発展しかねない蛇をやっぱり遠く眺 めたカオンは、無邪気に一人遊びに興じている足元の心火を見下ろす。

「すげぇなぁ、お前の兄ちゃんら。色んな意味で……」
「? カオンも凄いよー」

あまりよく分かってない様子で褒め返してくれる心火に、カオンは知らず頬を緩めてしゃがみ込み、 くしゃくしゃと頭を撫でる。確かにこれは癒しだなーと実感していると、醜い争いが繰り広げられて いる食堂の片隅から、このクソダラがっ!! と耳を劈く怒鳴り声が響き渡った。

思わず全員が耳を塞いでいる中、一人だけ平気らしいカオンが声の出所を探すように顔を巡らせてい る。

<だからいきなり怒鳴るなと言っただろう、銀細工師!>
<喧しい、さっさと映像も繋げ!>

あの心が押されてるぞと、ざわざわと兄弟間にざわめきが広がる。
その間に下りてきたスクリーンには、あまりに見慣れた幼馴染が怒り心頭に発してそこに君臨してい る。

「ティア、人様の船で無茶をするなよ」
<喧しい、この馬鹿傭兵が! いきなり連絡がつかなくなるって何事だ!!>
「何事って、しばらく護衛の仕事が入って出てくるって言ったろ?」
<それでも連絡つくとこにいてくれな困るわー。俺らの仕事優先て契約やろー>

「「っ、出たーっ!!」」

悪徳商人だ、守銭奴だーっと蛇から一斉に上がる非難に、ティアの後ろから顔を見せたグリフはあか らさまに拗ねた顔をする。

<こない真面目にいっしょけんめー働いとる商人捕まえて、なんちゅう言い様や。あかん、傷ついた、 今度から自分らに頼まれた商品は倍がけでしか売られへん>

ああ傷ついたああひどいと大仰に騒ぐグリフを、てめぇも喧しいとティアが蹴りつけて画面から追い 出す。多分に痛くて蹲っているのだろう、この恨み蛇の商品三倍にせな晴らせへん……っと下のほう から嘆きだけが聞こえてくる。
どんな八つ当たりだよと苦笑したカオンは、変わらず睨みつけてくるティアを見据える。

「それより、何か用事だったか」
<お前、今青嵐の駆け落ち夫婦の護衛についてんだろ。逃亡国王を出せ>
「っ、ティアには聞くだけ無駄だろうけど、どっからその情報を得てるんだ!?」

一応極秘事項だぞと顔を顰めて噛みつくと、ティアはふんと鼻先でせせら笑う。

<うぜぇ闇でも使い道はあるんだよ>
<あかん、やめたげて、ティアちゃんっ。部屋の片隅でむさいおっさんが膝抱えて嘆くとか、ごつい 視覚テロなんやけど!>
<知るか、文句があるなら見んな>

きっぱりと言ってのけるティアは、さっさとしろと急かしてくる。

一応画面越しだ、殴る蹴るの暴行は加えられないとしても駆け落ち夫婦だの逃亡国王だの、本人には 到底聞かせられない。慎めといったところで聞くとは思えない、どうするべきかと迷っていると、こ っちーと食堂の外から無邪気な悪魔の案内する声が聞こえる。

「っ、誰だ、あの幼女から目を離したのは!」
「つーか、あんな唐突に出現されてそっちに気を取られない人間がいるか!」

俺たちの責任じゃないとすかさず言い訳する兄弟が止める間もなく、心火に手を引かれて姿を見せた のは青嵐翡翠。
言葉は悪いがティアが言うまま、国を捨てて逃げ出した元国王だ。

<やっと面ぁ見せたな、このヘタレ国王が……! てめぇ、俺様が丹精込めて作った指輪の代金も支 払わずに逃げ遂せられるとでも思ったか!?>
「銀細工師。いや、すまない、踏み倒す気はなかったんだが」

支払いは命じて行ったんだがと申し訳なさそうに眉根を寄せた翡翠に、ティアはされてたら捜してね ぇだろと仏頂面で吐き捨てる。その瞳に散る銀が強いのを見て、カオンはあれと眉を上げたが迂闊に 突っ込むべきではないと口を閉ざす。
あの幼馴染は照れている時ほどそれを隠すべく仕返しが大きくなるのは、長い付き合いで嫌でも知っ ている。

翡翠は躊躇なく画面越しのティアに深々と頭を下げ、すまないと謝罪している。
蛇の一部は狼狽えているが、ティアは傲然と見下ろすだけ。

「大変申し訳ないことをした。本来ならば即座に支払いに向かうべきなんだろうが……」

手持ち不如意でと視線を揺らした翡翠に、ティアはふんと鼻を鳴らした。

<所詮国を捨てて女と逃げた甲斐性なしに、即座の支払いを求めたところで無駄なのは分かってる。 お前が雇った傭兵は、幸いにして俺様の知己だ。金ができるまで付き纏わせるから覚悟しとけ>
「……言っても無駄なのは承知で言うが、それって俺に選択権はないのか」

今回契約した護衛の期間も大概先が見えないのにと嘆いてみせると、文句でもあんのかと睨んでくる ティアの銀はやはり強い。降参の代わりに両手を上げ、そういうことなのでと翡翠を見る。

「護衛兼取立て屋ってことで、ご了承頂けますかね」
「ああ、それは勿論構わないが、」

戸惑ったように頷く翡翠に頷いたカオンは、それでとティアに話を振る。

「俺はティアに雇われた、って認識でいいのか?」
<当たり前だ。そっちで飼い慣らされて集金を忘れてみろ、俺様がお前を叩きのめしてくれる>
<後で契約書送っとくし、サインして送り返したってー。それかクシンやったらもうちょいしたら行 くさかい、そこで落ち合うてもええけど>
「いや、そこは蛇の航路次第だから送れよ」
<えー。ほな長兄に請求書送りつけて手間賃取られんのとクシン来んのとどっちがええ? て聞いと いて?>

にこにこといつもの笑顔でさらりと言ってのけるグリフに、お前の手間賃って法外なんだよ! と勇 気ある誰かが指摘するが。

<あははー、法に照らしたら即座に首落とされる空羅が何か言うてるー。悔しかったら訴えてみぃ>

どこの国でも受けて立ったるわーとけらけらと笑うグリフに、二の句を次げずにいる。

「あいつ相手に口で敵うわけねぇだから、屈辱は違うとこで晴らせよ、お前らも」
「いいのか、違うところで晴らして」
「俺に被害が及ばない範囲なら好きにしろ」

後ティアも巻き込んだらよりひどい目に遭うぞと真顔で警告すると、こちらを見ていた兄弟たちの視 線がふらついて離れていく。
一人慌てているのは翡翠で、銀細工師、と画面越しにティアに身を乗り出させている。

「彼を護衛にと雇ったのは私で、」
<あ? それで指輪代を踏み倒そうって腹か?>
「違う、そうではなくて! 今の話ではこちらが、」
「俺は別にどこから金が出ようと、雇い主に従うのみなんで。因みに言うと幼馴染の仕事を優先させ るって契約が、とっくに成立してるんでね。そちらがどう足掻こうと事実は覆りません、諦めて従わ れるが得策ですよ」

なぁ、と未だ翡翠と手を繋いだままでいる心火に話を振ると、話しかけられて嬉しいらしい幼女は、 なぁ! と元気よく頷く。
ティアも思わずふと目許を和ませ、すぐに顔を引き締めると用件はそれだけだと告げてぶつりと通信 を打ち切った。

「悪徳商人も銀細工師も、相変わらず自由気儘だな……」
「世界で最も無法者の空賊が言うか、それ」

さすがに呆れて突っ込んだカオンは、戸惑った顔をして窺ってくる翡翠に気づいて心火と目線を合わ せてしゃがみ込んだ。

「ちょっとこの人と話があるから、席外してくれるか」
「うん?」

一瞬分からなさそうに瞬きをした心火は、けれどすぐに了解したらしくにこっと笑顔になった。

「後でまた遊ぼうね!」

小さな手を大きく振って駆け出した心火は、シフト表のことも忘れて雑然としていた兄の足元に突撃 していく。今聞いた話などそれですっかり飛ばした蛇の兄弟たちは賑やかに心火を構い始めるのを見 て、立ち上がる。

「あれでは君の護衛代を、銀細工師に肩代わりしてもらったことになる。そのための資金は用意して いる、寧ろその一部を指輪の代金に当てても、」
「これからまだ世界中を逃げ回るんでしょう、金は少しでも多く残しといたほうがいいですよ。それ にティアが珍しく協力的なんだ、甘えてやってください」
「しかし、銀細工師にそこまでしてもらう覚えは」

ないはずだと困惑する翡翠に、カオンはふと口許を緩めた。

「詳しい事情なんて、ティアと精霊しか知りません。知ろうとするだけ無駄ですよ。それでも気にな るなら……あなたの名前がティアの琴線に引っかかったんだ、とでも思っていればいいです」

きっとそんな程度の気紛れですよと、思ってないまました説明に翡翠が納得したとは思えない。
けれどカオンにしても何か事情があるのだろうと察しがつく以上の理解はない、追求されたところで 肩を竦めるのが精々だ。

翡翠は戸惑ったようにカオンをしばらく眺めていたが、そうか、と目を伏せて小さく頷いた。

「それでは私は、石の名をくれた父母にただ感謝しよう。それと、……銀細工師と傭兵、君たちにも」
「ついでに、悪徳商人も入れといてやってもらえますかね」

あれはすぐ拗ねるんでと笑いながら付け足すと、翡翠もようやく笑みを浮かべた。


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 おと様から頂きました、ありがとうございます…!〈BR〉 逃亡翡翠さん。まだ何とか逃亡中でなによりと思ったらカオンちゃんが思いっきり巻き込まれていましたね(笑) でもこれで百人力!カオンちゃん、ひいてはティアちゃんがついた瞬間一気に怖いものがなくなるので(悪徳商人も)(笑) 世にも恐ろしいトリオ様です。


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