久し振りに訪れた故郷だか、婁宿は実家に顔を見せに戻るつもりもなく奎宿の後をついて歩いていた。

「今回の買い出し担当は星と軫でしょう、暇を持て余しているならそちらを手伝ってはどうです」

三軒目の書店に入るところで振り返ってきた奎宿にそう言われ、婁宿は軽く狼狽した。

「すみません、奎の邪魔をしていましたか」

荷物を持とうにも目当ての品がなく探している現状、手伝えることもない。後ろからぴよぴよとつい ていくだけでは邪魔にもなろうとようやくはっとして慌てて踵を返そうとしたが、苦笑がちに笑った 奎宿が襟首を捕まえて引き止めた。

「君が暇だろうと思っただけですから、そんなに恐縮しないでください。まるで私が苛めたみたいじ ゃないですか」
「っ、邪魔じゃないですか」

おずおずと確認すると奎宿は好きにすればいいですよと笑って改めて書店に入っていく。

ほっと息を吐いてその後ろに続いたが、あんまりついて回っては申し訳ないと本棚を眺める。ちらり と視線で確認した奎宿が気にした風もなく探しに向かうので、さして興味のない文字の羅列を視線で 辿っていく。
多くの専門書を扱う書店は、気を抜くと目が滑るようなタイトルばかりだ。碌でもない年上の兄弟た ちの中には、三才の幼女には到底理解できないなんて当然の常識を備えずに自分の持つ専門書を読み 聞かせている者もいるが、やはり心火に相応しいのは児童書の類だろう。

(まぁ、奎が行く書店には置いてなさそうだけど……)

幼い頃、実の兄に手を引いて連れて行かれた書店にならば、心火でも楽しめる物があるのではないだ ろうか。ここは邪魔にならないようにとの配慮も込めて見に行こうかと考えていると、失礼、と後ろ から声をかけられた。
知らず立ち止まって考え込んでいたことに気づき慌てて場所を退くと、そこにいるのは鮮やかな翡翠 の瞳をした男性。

「邪魔なところに立っていて申し訳なかった」
「いいや、こちらこそ思索の邪魔をして申し訳ない」

緩く頭を振りながら一冊の本に手を伸ばした男性は、タイトルを眺めて目を細めた。

「ああ、よかった。ここでなかったら諦めないといけないところだった」

ほっとしたように呟いた男性は知らずじっと見ていた婁宿の視線に気づき、目が合うと照れたように 笑って小さく一礼した。不躾を悟って慌ててこちらも一礼すると、ひょっとして、と少しだけ声を低 めた男性の声が耳を打った。

「ディルトの軍人さん、かな」

どこかぴりっと空気が震えた気がしたが、それより男性の言葉が気になって婁宿は眉を顰めた。

「両親は軍人だったそうですし、そうありたいと思ったことはありますが……、俺への尋ねならば否 です」

周りに人もいないことだから自分が問われたのだろうと答えると、男性はじっと婁宿を見た後に気が 抜けるほど柔らかく笑った。

「そう。よかった」

それではこれでと本を片手に奥へと向かう男性を見送っていると、どうやらようやくお目当てを手に 入れたのだろう奎宿が戻ってくるところだった。擦れ違う時に小さく頭を下げた奎宿が気づかれない ほど離れてから眉を顰めるのを見て、どうかしましたかと小さく問いかける。

「いえ……、どこかでお見かけした顔だなと」

君は覚えはありませんかと軽く問われ、慌てて記憶を辿るが思い出せるほどの情報はない。

「すみません、俺には分かりかねます」
「……君に覚えがないなら、私の個人的な記憶かもしれませんね」

気にするほどのことでもないかと何度となく頷いた奎宿は書店を出ようと促しながら、さて、と婁宿 の肩を叩いた。

「私の用事はすみましたが、君に予定はないんですか」
「あったら最初から奎に付き合わせてもらってません」
「そうですか? 確か、君の故郷はこの辺じゃなかったですか」
「っ、」

どうしてそれをと少し高い位置にある顔を窺うと、奎宿は僅かに肩を震わせて笑っている。

「素直が美徳とされるのは、今の心火くらいですよ?」

君は幾つになったんでしょうね、と棘というには幾らか柔らかく語尾を上げられ、引っかかったと顔 を顰めつつ視線を落とす。

「まぁ、余計なお世話と自覚してますから、強くは言いませんが。……いつでも会える、というのは ひどい思い上がりですよ」

似合わない説教は自分の耳にも痛くて嫌ですね、とどうでもよさそうに続けて笑った奎宿の調子が少 しだけ引っかかってちらりと窺うが、軽く眼鏡を押し上げた横顔からは何も読み取れない。

しばらく迷った後、婁宿は恐る恐る切り出した。

「あの、奎」
「はい?」
「……この近くに、以前行ったことのある本屋があるんです。──心火の本を探しに、少しだけ覗い てきても」
「ああ、それはちょうどよかった。私も早くこれを確認したくて仕方がないので」

しばらくここで読んでいますよと辿り着いた広場のベンチを指す奎宿に、かつっと踵を鳴らして一礼 する。行ってらっしゃいとひらりと手を振ると婁宿のことなど忘れた顔で本を広げる姿を確認して踵 を返した。




奎宿が買ったばかりの本を広げて読み始め、何分くらい経っただろうか。駆ける軍靴の足音を聞いた 気がしてふと本から意識を逸らしたのは、婁宿が戻ったと思ったからだ。
お前はいつから軍隊に入ったんだと弟たちに口を揃えて突っ込まれるほど軍人めいた様子の弟は、特 に狙っているわけではないようだが何故かディルトの軍靴を好んで履いた。慣れた足音に苦笑したの は数度だけ、今ではあれは婁宿だと認識しているのだが今回は違ったらしい。

同じ軍靴を履いた数人が広場に駆け込んできたのを眺め、明らかにそれから逃げている女性を認識す ると大きく音を立てて本を閉じた。びくっと身体を竦めたのは女性だけでなく追いかけていた軍人た ちもらしく、疎ましげな視線を向けてくる軍人たちの階級章を確認した。

「どたばたと喧しい……、私の休暇を邪魔する気ですか?」

どこに所属する隊ですと冷たく目を眇めて吐き捨てると、軍人たちは一般人には関係ない! と怒鳴 りつけてくる。あまりに予想できた答えに軽く鼻で笑い、じりじりと逃げる機会を窺っている女性に 片手を差し伸べた。

「お嬢さん、どうぞこちらに。我が国の軍人が、どれもあれらのような馬鹿ばかりと思わないで頂き たい」

彼らの不躾は私が謝罪しましょうと声をかけると、海にも似た青い瞳の女性はびくりと身体を竦めた が軍人たちもざわついてこちらを窺っている。その隙に女性の手を取って自分のほうに引き寄せると、 それで、と戸惑っているらしい軍人に凍てた目を向ける。

「日中から大勢で女性を追い掛け回すが馬鹿をしていたんです、それなりに理由があってのことでし ょうね?」

確かここの管轄はジークのはずですが許可は得ているんですかと鋭く問いかけると、しばらく誰のこ とかと囁き合っていた軍人たちははっと思い当たったように最敬礼をして踵を鳴らした。

「ひょっとして、ジークハルト=ベネルク少尉の知己でいらっしゃいますか!?」
「知己? ただの同期ですよ」

顔を合わせたくない程度の仲ですけどねと皮肉げに目を眇め、逃げようともがいている女性を一瞥し て答えを求める。

「彼女を追い回す理由を聞いたはずですが?」

声に険を潜ませて語尾を上げると、軍人たちは慌てたように手配書を取り出して広げた。遠目だから というだけでなくぼんやりしたそれに写る二人の内、片方は今奎宿が捕まえている女性のように見え なくはない。

「イナイセル閣下より今朝方回ってきました手配書です、テロリスト”ジェード”の二人を見つけ次 第確保、連行せよと」
「テロリスト」

覚えのない名ですねと眉を顰めると、今は南のほうで様々と現れておりますので、と声を揃えられた。

(南というとファルセイ大陸……、)

地図を思い出しながら特徴を思い出して女性を眺め、ファルセイではなく隣接するグラスヤードだろ うと予測をつける。そうするとぼんやりと描き出される絵に見当がつき、二度ほど頷いた。

「いいでしょう、では彼女は私が連行します」
「っ、ですが!」
「そんな精度の低い手配書で、確実に彼女がそうだと断言できますか? 罪もない観光客を追い回し ているだけならどうするのです」
「しかし、我らの軍服を見て逃げ出したんです!」
「軍服を見て喜ぶのは一部のマニアだけですよ、普通の精神をしていれば軍人になど近寄りたくなく て当然でしょう」

溜め息交じりの奎宿の言葉にまだ食い下がってこようとした軍人たちを遮ったのは、少佐! の呼び かけ。ちらりと視線をやれば婁宿が駆け寄ってくるところで、ちょうどよかったと笑みを浮かべて女 性を引き渡した。

「君なら女性に手荒な真似はしないでしょう、彼女の連行は任せました」
「ですが少佐、今は休暇中では、」
「女性を追い回すような馬鹿に任せていては、我が軍の沽券に関わる。仕方ないでしょう」

諦めたように肩を竦めた奎宿は、喧しい反論を聞かされる前に振り返って目を細めた。

「ああ、別段君たちの手柄を横取りする気はありません。仮に彼女がその手配書にあるテロリストで あったなら、発見したのは君たちだと私から伝えましょう」
「……この方がテロリストですか? 自分にはそうは見えませんが……、手違いであった場合、少佐 のお名前に傷がつくのでは?」

ここは彼らに一任されては如何でしょうと眉を顰めた婁宿に、軍人たちはようやく人違いだった場合 の責任に思い至ったようだ。狼狽した様子で踵を鳴らし、ご命令に従います! と声を揃える。

「やれやれ、久し振りの休暇だったんですが……。まぁ、いい、彼女は私が責任を持って連行する。 君たちは解散しなさい」
「「はっ!」」

どこかほっとしたように敬礼し直して即座に踵を返した軍人たちを見送り、見えなくなった辺りで単 純すぎる、と婁宿が低めた声でぼやいた。

「俺たちの部隊も確認しないで行きましたよ、あいつら」

本気で軍人だと思ったんでしょうかと呆れる婁宿に、君を見て軍人だと思わない人はそういないでし ょうねの突っ込みは心中に留めて疑問を口にする。

「助かりましたが、少佐というのはどこからきました」
「? 婁が軍人を相手に喧嘩を売っているようだからそう呼びかけて割って入れと、心が」

耳に入れた小さな通信機を示して不思議そうに答えた婁宿に、あの野郎と思いつつそうですかと笑顔 を浮かべる。何かいらないことを言いましたかと怖そうに確認されるが、いいえと頭を振って女性に 視線を変えた。

「一先ずここを離れましょう。お連れの方と連絡はつきますか」
「っ、あの、……連れなんて、」

いませんと思い詰めたように答える女性の強い瞳に、ふっと苦笑する。

「それでは今にもあなたを救出したげにしているあちらの方は、報われませんね」

助けに入るおつもりのようですがお心当たりはとにこりと尋ねると、女性は思わず確かめるように振 り返っている。

「ほら、素直は美徳ではないでしょう、婁」
「奎……、女性を相手に意地悪ですよ」

それに素直は忌むべき欠点でもありませんと自己弁護に近く反論してくる婁宿に、女性ははっとした ように視線を戻してきた。

「奎に婁……二十八宿? 確かそんな名前の空賊がいると」
「おや、私たちもそろそろ知名度が上がってきましたね」
「主に原因は玄武ですよ、奴らの暴れっぷりが悪評を呼ぶんです」

もう少し慎むべきですと痛そうに額に手を当てて嘆く婁宿を置いて、奎宿は女性を促して歩き出した。

「テロリストであるかはともかく、ジェードとして軍に手が回っている以上、この国においてあなた 方に逃げ場はない。唯一、蛇の腹に入る以外はね」

食われる覚悟はありますかと揶揄するように尋ねると、女性は苦痛そうに眉根を寄せた。

「──どうして私を助けてくださったんですか?」
「特にこれといって理由はありません。言うなれば頭領の気質が移った、んでしょうかね」
「ええ、俺たちが頭領に拾ってもらったように。困っている人を助けるのに理由はない」

それも空賊としてはどうかと思いますが、と皮肉と呼ぶには柔らかく、でも少し苦い呟きは聞かせる 必要はないだろう。足早に船へと向かう足は止めないまま、そんな理由ですので、と少し声を張る。

「君もそろそろ出てきませんか、二人纏めて連行するほうがまだ軍の目は欺けると思いますが」

呼びかけるなり、じわりと影が滲むように少し先の路地から人影が現れた。

「っ、!」

名を呼びかけ、躊躇ったように口を閉じた女性に笑ったのは先ほど書店で擦れ違った男性。あ、と婁 宿の声にちらりと翡翠の目を向けた彼は、小さく頭を下げた。

「助けてもらったことには礼を言おう。けれど、蛇の腹に入る気はない」

彼女を渡してくれと穏やかを努めた声で促され、小さく息を吐く。仕方ありませんねと目を伏せ、斗、 と短く呼ぶ。

「何が悲しくて軍人を真似ないといけない」

迷惑なとぼやきながらいきなり湧いて出た斗宿は、一瞬早く行動している男性が繰り出してきた肘を 避けて足を掬い、足を払われた体勢からまだ蹴りを繰り出されたことにどこか楽しそうに目を瞠って 右手で脇腹をガードした。ふわりと柔らかく裾を翻して降りた男性が続け様に繰り出してくる足をど うやら痺れているらしい手で弾きながら、もう片手で銃を出す。

「危ない……!」

女性の悲鳴に似た声に大丈夫だよとにこりと笑い、撃とうとした斗宿の手を銃ごと押さえつけて顔面 を狙って膝を繰り出す。それを蹴りやって追い払ったのは婁宿で、抜いた銃を二挺とも男性に据える。

「やめて、撃たないで!」
「では、少し大人しくしてくださるようにお願いしてください」

言いながら女性のこめかみに銃を突きつけた奎宿は、顔色を失った男性が斗宿に取り押さえられるの を確認して銃を納め、女性の腕を後ろ手に拘束した。
斗宿は銃を片付けながらまだ痛むらしいもう片手を揺らし、男性を拘束しながら溜め息混じりにぼや く。

「好きで首を突っ込んだなら、お前らだけで片をつけろ。シンクを一人にしたじゃないか」
「……義姉さんなら一人で大丈夫だと思うが」

いらない感想を呟いた婁宿が睨まれたより鋭く、男性の翡翠が殺したげに睨みつけてくる。

「彼女を放せ!」
「この状態で言っても説得力はなさそうですが……、悪いようにはしません。ただ、テロリストは二 人いるのでしょう?」
「あら、それじゃあ私が代わりましょうか」

いきなり楽しそうな声が割り込んできて、真っ先に反応したのは斗宿だった。

「っ、シンク! 一人で戻れと言っただろう!?」
「でもタイゼンが一人では寂しいかと思って」

広い袖口で口許を覆い、ころころと笑いながら答えたのはシンクレア。
やっぱり一人でも大丈夫だったじゃないかと言いたげな顔をした婁宿は、けれど賢明にもその言葉を 飲み込んで男性が再び暴れ出さないように警戒している。

斗宿は何度か口を開閉させて言葉を探していたようだが、自分の嫁が言い出せば聞かない性質だとも 知っているのだろう。苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向く。
その間にどうやら一緒だったらしいカレンも顔を覗かせて、女の子に何てことを! と憤慨しながら 女性の拘束をあっさりと解いている。

ちらりと視線だけで確かめた婁宿は痛そうに額を押さえて、嘆くように尋ねる。

「義姉さんたち……、何をしに来たんだ」
「何って、さっきの馬鹿軍人どもが上司に捕まって、あんたらを探し始めたみたいだって教えてあげ に来たんじゃない」
「通信機って、何のためにあるか知ってるか」

噛みつくように問いかける婁宿に、シンクレアとカレンは顔を見合わせてあらあらと楽しそうに笑う。

「「忘れてたわー」」

明らかな棒読み口調で笑い合った二人は既に行動を決めていたのだろう、カレンが女性の肩を捕まえ てそれじゃあと軽く手を上げた。

「私は彼女と一緒に国境を越える、あんたたちはうまく城に戻りなさいね」
「国境って、」
「レイザックも一緒だから大丈夫よ。そちらのイケメンさん、後でちゃんと合流するからそんな怖い 顔しないで。彼女のことはちゃんと守るから」

あなたもそんな泣きそうな顔しないのと女性の頬をつついたカレンは、久し振りに腕が鳴るわーと追 求したくない言葉を置いてさっさとその場を離れていく。男性が無理やり立ち上がろうとするのをど うにか止めた婁宿は、まずいですと少し声を低めた。

「この先、軍の別隊が待ち構えているみたいです。人数にして十人、……少佐クラスの人間がいると」
「シンク、お前もカレンたちと一緒に、」
「もう遅いわ」

かけちゃったと拘束具を嵌めた自分の手を持ち上げて笑うシンクレアに斗宿は罵倒を噛み殺すだけの 間を置いて、どうする気だと八つ当たり気味に睨みつけてきた。

「どうもこうも、船に戻るしかないでしょう?」

多少の時間稼ぎなら考えていますよと皮肉に口元を歪めた奎宿は、男性の耳元に顔を寄せて囁く。ぴ くりと反応した翡翠の瞳がしばらく奎宿を検分した後、静かに頷くのを認めて行きましょうかと兄弟 を促す。
盛大な溜め息をついたのは斗宿一人で、静かになった男性とシンクレアを連れて歩き出すと五分もし ない内に前方で待ち構えていたらしい軍人に呼び止められた。

「待て。先ほどバルベ隊からテロリストの身柄を引き受けたのはお前たちか? どこの隊だ、所属番 号と勝手を働いた理由を述べろ」
「所属番号5084352。理由は彼らに任せておけば町中を駆けずり回った挙句、取り逃がしかね なかったからです。現に彼女の足を止めたのも私ならば、それを追って出てきたもう一人を捕らえた のも私の隊です。仮にバルベ隊に任せておいたなら、どちらも似逃げられていたと確信しています」

皮肉に目を細めて答えると、高圧的に尋ねてきた軍人は隣にいる男の持つ端末に目をやり、ふんと鼻 を鳴らす。明らかに年下の彼が同階級であることに不満があるのだろう、貴様の顔を見た覚えはない がなと苦い声で因縁をつけてくる。

「私など大した手柄も立てず、コネだけでこの階級にあるのです。ご高名なクラッセン少佐にお目見 えする機会などありませんでしたので、ご存知なくともしょうがないかと」
「はっ、よくもまぁ抜け抜けとほざいたもんだ。今回と同じくどうせ部下の功績さえ奪い取ってきた のだろう?」
「これは心外な仰りよう、……ですが返す言葉もありません。それでは彼らはここで引き渡しましょ う、代わってグリューネワルト大将に引き渡して頂けますようお願い致します」

引き渡せと婁宿に顎先で示すと、生真面目な弟から反論が来る前に待て! と目の前の軍人──クラ ッセンが悲鳴じみた声を上げた。

「何故グリューネワルト閣下の名が出た、あの手配書はイナイセル閣下からのものであろう!?」
「存じません。私はただ伯父──大将閣下の命に従って動いたまでですので」

それでは私は引き上げますので後は宜しくお願いしますと嫌味に微笑むと、いや! と悲鳴紛いの声 で勢いよく頭を振られた。

「すまない、バルベ隊は貴殿を存じ上げなかったようだっ。手柄を取られたと訴えられては私とて動 かんわけには、……なぁ、分かるだろう!?」
「お互い、辛い立場というわけですね」
「そう、そうだ! なんとまぁ、面倒な立場じゃないか、お互い。なぁ?!」

引き攣った顔で笑うクラッセンに、奎宿はふと口の端を持ち上げて拘束している二人を示した。

「私としてはこの二人を引き渡すことに異議はないのですが……、それだとお忙しいクラッセン少佐 のお手を煩わせることになるでしょうか」
「い、いや、貴殿が望まれるならば引き受けることも吝かではないのだがな!?」
「ですが本来であれば私は未だ休暇の身……、他にすべきこともありません。瑣末なことでご迷惑を おかけしないよう、私が連行するのが筋というものでしょうか」
「そ、うだな、そうしてもらえると非常に助かるっ」
「分かりました、それではそのように。──ああ、クラッセン少佐」

ほっと息を吐き出したのを見計らって呼びかけると、慌てたように喉を詰まらせつつ何だ!? と聞 き返されるのでにこりと笑顔になった。

「ご覧のように私は存在感の薄い男ですので、また何時止められるか分かりません。ご高名なクラッ セン少佐に、できればご配慮願いたく思うのですが」
「あ、ああ、そうだなっ。何度も足を止められては敵わんだろう。分かった、私が手を回しておこう」 「ご厚情、痛み入ります。閣下にもご配慮頂いたことを申し伝えましょう」

深く頭を下げて告げると気を良くしたらしいクラッセンは、何、これも務めの内だと笑って早く行く ように手で示す。ちらりと視線で合図して婁宿たちにも深く頭を下げさせてさっさと通り過ぎると、 この国の行く末も見えたわねぇとシンクレアがしみじみと呟く。

「義姉さん……」

溜め息交じりに呼びかけることで諌めに変えた婁宿も、それ以上の言葉はない。斗宿はちらりと視線 を寄越してきて、伯父がいるのかと問いかけてきた。

「何を言ってるんです、斗。心に連絡して、データを改竄してもらったのでは?」
「お前こそ何を言ってる。さっきから妨害が入って通信が途切れてるだろう、端末に表示するデータ は送れたとしてもそれ以後の情報は得られなかったはずだ」

ならお前が独自に持つ情報だろうと確認され、どうでしょうねと惚ける。

「とりあえず、陛下を城にご案内するのが先決ですよ」
「陛下……、?」

何の話ですかと眉を顰める婁宿に、気づいてないんですかと軽く眉を上げて隣の男性に視線を変えた。
「ひどく分かりやすい名と瞳をお持ちではないですか。先頃王の座を退いて寵姫とお逃げになった、 青嵐国王──翡翠様でしょう」
「元、をつけてくれないかな。退いたと知っているのに意地の悪いことだ」

溜め息をつくように自嘲気味に答えた男性──翡翠に、さっさと拘束を解いてもらったシンクレアが さして驚いた様子もなく、あらあらと頬に手を添えた。

「じゃあ、さっきカレンと一緒に行ったのがその寵姫? 確か、譲葉様だったかしら」
「知ってるのか、シンク」
「それはそうじゃない、王の駆け落ちなんて大ニュースだもの。というより、どうして知らないの、 タイゼン」

呆れたようなシンクレアの言葉に、斗宿と一緒に婁宿も気まずげに目を逸らしている。

「ですがその……元、国王陛下が、どうしてディルトに追われてるんです?」
「ディルトというより、玻璃に、だろうね。僕も自分を愚かだと知っているけれど、あちらのほうが よほど馬鹿らしい」

彼女まで巻き込んでテロリスト扱いかと皮肉に吐き捨てた翡翠に、その辺りの経緯はまた後ほど、と 軽く止めて再び通信が入り出したことを確認して先を促す。

「角に何を言われるかは想像したくないですが……、行き会ったのも何かの縁。蛇の城にご案内致し ます」



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 おと様の「龍鎮め」からのキャラクター様 アクロス・ザ・ワールドです…!こちらのお二人は元の方では…(泣き)でしたのでこちらの方では是非 逃げ切っていただきたいところ…いつもありがとうございます!


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