蛇と一概に言っても、面が割れている連中は知れている。
頭領の天極は言うに及ばず、青龍は当たり前。玄武もそろそろ、名乗らずとも姿を見ただけで蛇の一 員だと認識され始めてきた。

女宿や斗宿は当然、壁宿も知られているのは玄武きっての武闘派だからだ。危宿や虚宿が知られてい るのは、専門職相手の商売人を通してが多い。
尤も、牛宿も含めて暴れているところを目撃した、という知られ方のほうが多いだろうが。

その中で、一般人に埋没できるのは室宿だった。
体格はいいのに気弱げな外見と押しに弱い性格は、拳で語る兄弟の前でなくとも変わらない。
勿論義姉にも逆らえるはずがなく、頼まれた買物を済ませて大きな荷物を担ぎ、えっちらおっちら船 に戻る途中で絡まれるのも、いつもといえばいつもの話だった。

「かーっ、この不景気なご時世にまた大量に買い込んだものだな、兄ちゃん」
「いいねぇ、羽振りがよさそうで。俺らにもちょっと恵んでくんなーい?」

柄の悪そうな男が五人ほど行く手を遮り、取り囲み、気安く肩に肘を突いてくる。

昔であれば、こんな怖そうな連中に囲まれたらその時点で悲鳴を上げていた。
けれど今は悲しいかな、兄弟のほうがよっぽど怖い。ついでに言うなら、二番目の義姉が最も怖い。

今回は彼女の嗜好品が真ん中くらいに入っている、これを奪われると本気で船からロープで吊るされ る。そして、忘れてたーとけろっと笑いながら、二ヶ国分くらいそのまま移動されるに違いない。

「あのさあのさ、全然羽振りよくないんだ。これ買うのだってさ、宵がものすーっごいぶちぶち言っ て、やっと許可下りたんだ。持って帰らないと怒られるんだよ」

だからさだからさ、退いてくんないかなぁと荷物で見え難い男たちの顔を眺めながらお願いするのに、 はぁ? と素っ頓狂に聞き返される。

「お前、何言ってんの、そんなんで俺らが誤魔化されるとでも?」
「実際めちゃくちゃ荷物抱えてんじゃねぇか。これなんかあれだろ、ヴィダンの赤ワインじゃねぇか」
「しかもつまみに何だ、この豪華な食料品の数々は!」

無造作に手を伸ばして荷物の中を覗きながら声を荒げる連中に、室宿は困って眉根を寄せながら言い 訳する。

「それはさ、それはさ、うちは貧乏なのにエンゲル係数が馬鹿っ高なんだって宵が言ってたよ。美味 いもん食うのが趣味なんだ、特に角が」

自分で出した名前ながらぶるっと身震いして、持って帰らないと駄目なんだと繰り返す。

ふざけんなよお前、と取り囲んでいる内の一人がどすの聞いた声で凄んでくるが、女宿が切れた時ほ どは怖くない。
でも笑顔も怖いよなとひっそり心中に呟くのは、奎宿が切れる時は大概笑顔だからだ。
その怖い顔やめろと危宿と虚宿が悲鳴を上げたくらい、弟なのにあれは怖い。

そういう意味では外にあんまり怖い人はいないなぁとぼんやり考えたが、荷物を取られるのは困る。

「あのさあのさ、俺、頑張ったけど既に時間遅れてるんだよね。だから早く帰らないと、怖いんだよ」
「はぁ? どこのガキの遣いだっての!」
「遅れて帰ったらママが心配するってかー?」

馬鹿にしたように語尾を上げてげらげらと笑う男たちに、ママって誰だろうと首を捻る。

「どうせ遅れて怒られるんなら、荷物も置いてきな」
「これだけ買った後じゃ、碌に入ってねぇだろうけど。財布もついでに置いてきな」

言いながらポケットから取り出した飛び出しナイフを突きつけられ、室宿はあのさあのさと真摯に警 告する。

「こういう時はさ、全部取ったら駄目なんだ。欲張りすぎたら破滅するんだよ。だからさだからさ、 目についた物だけぱっと奪って逃げるのが基本? なんだよ、女が言ってた」
「うるき? 何だ、そりゃ」
「何の話してんのかしんねぇけど、ぱっと奪われる覚悟はできてんだよな?」
「いいからありったけ全部置いて行ったら、生命は取らないって言ってんだろ?」

言ってんだろと言われても、それは今初めて聞いた。
それに、と取られないように荷物を庇いながら言う。

「えっとさえっとさ、女が言うことは大体何でも正しいんだよ。だってさ、ほら、一番最初に言って たし。時間かけるのは、ただの馬鹿のやることだって」
「何っ、」
「俺様がいつ何時も正しいのは当たり前として、何こんな馬鹿どもに絡まれてんだ、この亀。いくら 室でも鈍くせぇにも程があんだろ」

てめぇごと吹っ飛ばされたいのかと悪態をつきながら目の前の一人を蹴り飛ばした女宿は、相手が壁 にぶち当たったのを確認してから面倒そうに首を回した。

「室でもって室でもって、俺は亀じゃないし!」
「そうそう、室はお使い犬じゃんなー?」
「犬のほうがまともに帰ってくるだろ」

お前遅すぎと指を突きつけてくるのは鬼宿で、犬以下じゃーんと失礼なことを言ってけらけらと笑っ ているのは危宿。どうやら女宿と同じようなタイミングで船に戻り、まだ帰らない荷物を心配して派 遣されてきたのだろう。

「俺さ、俺さ、ひょっとして荷物以下……?」

自分の想像に傷ついてどんよりと尋ねると、何かしら喚きながらナイフを振り回している男の顔面に 蹴りを入れながら鬼宿が肩を竦めた。

「多分カレン義姉さんにはそう」
「角にもそうに決まってんじゃん」

相手が持ってるんだから武器は持ってていいじゃんなー? と誰にともなく尋ねながら鉄パイプを楽 しそうに振り回している危宿に追い討ちをかけられ、

「俺の酒だけは死守しろ」

万が一割りやがったらお前も殺すと残る二人を呆気なく蹴り倒して纏めて踏みつけている女宿に言い つけられ、慌てて荷物を抱え直す。
荷物以下かー、とちょっぴり涙したくなるが、この三人には逆らわないのが得策だ。

「それよりさそれよりさ、もう終わったんなら早く帰らないといけないんじゃないの?」
「あ? 馬鹿か、お前は。曲がりなりにも蛇に噛みついてきた馬鹿どもが、こんな程度で許されると 思うのか?」
「蛇に手を出した時点で死ぬの決定じゃん」
「決定いいけどもうちょっとこっそりやれよ、角にばれたらまたどやされるぞ」

俺は手伝ってるだけだからなと溜め息交じりに警告する鬼宿に、手伝ってる時点で共犯じゃんと危宿 がけらけらと笑う。
女宿は弟に二人ずつ任せ、最初に壁に蹴り飛ばした一人の襟首を捕まえて持ち上げた。

「室は先に戻ってろ、この先で絡まれてもしばらく知らねぇからな」
「星と軫がまだ戻ってないらしいから、合流したらいいじゃん」
「探してる暇に帰れっての。寝惚けたこと言ってねぇでちゃんと持てよ、それ裏返ってんぞ」
「え? ……まぁいいじゃん、痛いのこいつだし」
「それだと運び難いって話だろ!」
「煩い、タマ。兄ちゃんの遣り方に口出しすんな」
「誰がタマだ! あーもお、女も途中で投げんな!」
「そもそも俺がこいつらを運ぶ意味が分かんねぇ。お前が運べ、タマ」
「お前までタマ言うな! って危も何投げ出してんだ、俺一人で五人も運べるかっ」
「人生何事も気合だって言ってたじゃん」
「言ったことねぇ!」

ぎゃーぎゃー喚きながら、結局投げ捨てた五人を蹴飛ばして移動するという人でなしな手段で遠ざか っていく三人を見送り、室宿は荷物を抱え直した。

「女と危を相手にしたら馬鹿を見るだけなのに、鬼も大変だよなぁ」

馬鹿なんだなと楽しそうにけらけらと笑っているのは、制裁に参加しそびれたらしい軫宿。
その隣にいつもながら一緒にいる星宿は何だか疲れた顔をして頭を振りながら、ぽんと軫宿の肩を叩 いている。

室宿から見れば、星宿は鬼宿と似たようなポジションだ。気持ちは分かる。

「あのさあのさ、二人とも暇なら手伝えよ。荷物が多すぎるんだって」

相手が朱雀ともなれば少しは兄貴ぶった口調で命令すると、軫宿が心底嫌そうな顔をする。

「馬鹿、お前が頼まれたんだからお前が遣り通せよ」
「あの中の大半は、一応俺らの食料だろ。いいから手伝え」
「げぇ。見てないで帰りゃよかった」
「軫って、軫って、下から三番目のくせに偉そうだよ」
「うるせぇよ、玄武で唯一蛇認識されてない室如きが!」
「お前も家族の傷を抉ってどうすんだっての。さっさと帰んねぇと、義姉さんたちにどやされんのは 一緒だろ」

いいから早く持てと荷物を分けながら促す星宿は、きっと今頃は碌に話を聞かない二人に手を焼いて いる鬼宿と溜め息を揃えたいに違いない。


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 おと様いつもありがとうございますっvvv
何気にエンゲル係数をあげてる長兄殿とか笑顔のほうがむしろ怖い元軍人様とか、ときめきどころは多いですが タマ・ホトのご苦労さまコンビもかわいくて素敵ですv
兄弟が多い分、どういう関係かなー?と思うメンバーもいらっしゃいますので女がうみやんやタマとなかよく(?) 雑魚散らしをしているのが嬉しかったりv好きなキャラクターがみんなとなかよく(?)(笑)しているのを見ると うれしいですよね。ありがとうございました…!


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