蛇の城の新年は、概ね天極の風習に従って月暈風だ。だから本格的に祝うのは一月一日ではないが、 基本的にお祭り騒ぎが大好きな息子たちはそれぞれの出身地に合わせた騒ぎ方を広めている。
今回は翼宿夫婦の着物が房宿のお気に召したらしく、心火が可愛らしい晴れ着に身を包むことになっ た。嫁たちもミズハ指導の元で晴れ着を着たなら、男性陣も何となく合わせた格好になる。

「動き辛いな」
「どうしてこんなに色々あるんだ? 俺のと畢のは違うな」
「それはね、青洲を含めた壽国は狭いけど歴史だけは長いからに決まってますよ! 歴史が長いとね、 地域によって差が大きくなるもんなんです。しかもあそこは皇帝がいますからね、身分によって着る 物に差が出るんですよ、そんなことも知らないんですか」

恥ずかしいですねと笑うように説明する胃宿に、尋ねた婁宿がそんなものかと納得しそうになったが。

「つぅか、そんな説明を鵜呑みにするなよ。俺たちが着てるのは基本的には一緒だぞ」

呆れた様子で昂宿が突っ込み、偶々通りかかって聞いていたミズハも凄いでたらめだったわねと苦笑 した。

「昂の言う通り、皆同じ長着よ。ただ参や畢はそのままの着流し、婁や胃は下に袴を履いてるだけ。 奎と觜は昂と同じで袴を履いた上に羽織を着てるの。それだけよ」

柄は皆の好みで様々だけどねと説明するミズハのそれで、婁宿は胃宿を睨めつける。

「いつから亢になったんだ、信じそうになっただろ」
「騙されるほうが悪いんですよ! 大体ね、何でも人に頼って知識を得ようっていう精神が弛んでる んです、怠惰ですよ、怠惰」

新年早々なってませんねと頭を振る胃宿をしばらく睨んでいる間に、ミズハが昂宿によく知ってるわ ねと声をかけている。

「昂って壽の出身じゃないでしょう?」
「そのくらい知らないで鑑定士はできないって。振袖の鑑定とかさせられたからな」

粗方の知識は揃えたと肩を竦めた昂宿に、成る程と感心したようにミズハが頷いている。

「つぅか、ミズハと心火の着物が一番いい誂えだよな」
「そういうのは言わなくていいの」
「まぁ、全員そこそこのもんにはなってるけど。房って知識なしで選んでんだろ? すげぇな」
「というか、そもそもソラタが行きつけの呉服屋は安物を置かないもの」

新年から無駄遣いしてどうするのかしらと嘆くミズハを聞きつけて、違いますよと胃宿が拳を振り上 げた。

「新年に限らずそんな趣味にかまけてるから、うちは万年貧乏なんですよ! 大体ね、空賊なんだか ら店を襲ったらいいんですよ。それを馬鹿正直にお金を払うから、いつもお金がないって言わなくち ゃいけないんですよ。空賊として間違ってるのはね、趣味に生きるほうじゃなくてそっちですよ!」
「お前、どこまで腐ってるんだ」
「空賊なんてね、腐ってて何ぼですよ!」

なんて言っても空羅ですからね、空羅と何故かしら誇らしげに拳を振り回す胃宿に、婁宿は深い溜め 息をつく。
悪ぶって主張しているが、それを実行するような馬鹿ならとっくにここにはいない。自分より年上の 弟に大人げないと頭を振っていると、奎宿が晴れ着の心火を抱っこして歩いてくるのを見つけた。

「っ、ずるいぞ、奎! つぅか、何でお前が心火を抱いてんだよ!」
「少なくとも君より兄だからでしょうね」

心火も私のほうがいいですよねと尋ねられ、奎宿に抱き上げられた心火は何だかぼんやりした様子で んーと頷く。

「心火ちゃん、さっきお屠蘇を飲んでたから。おねむなんでしょう」
「やぁ……、ねないー」

一緒にいると奎の襟を捕まえて頭を振る様子は可愛らしいが、でれでれしているのは当然捕まえられ ている奎宿だけだ。比較的このすぐ上の兄に懐いている婁宿でさえ、羨ましいのか悔しいのかよく分 からない顔をしている。
他の面々はミズハに至るまで拗ねていて、どうして奎ばっかりと睨んでいる。

「女を酔い潰して独占か。やるな、奎」
「人聞きの悪い。眠気覚ましに外に連れて行ってあげるだけですよ、君がどんな手段で奥方を口説か れたか知りませんが一緒にしないでください」

多分に心火を目当てに後ろからついてきた觜宿が突っ込むと、薄ら寒い笑顔を浮かべた奎宿がすかさ ず切り替えした。相変わらず自分の事に関してはやり返すなとぼそっと昂宿が呟いたが、奎宿と目が 合わないように逸らしている。
とりあえず蛮勇のとばっちりを受ける前に、見つけたと畢宿の声がした。

「皆ここにいたのか」

探したよと声をかけて近寄ってくる畢宿は、参宿と一緒に両手一杯の荷物を抱えている。

「何事ですか」
「翼から差し入れ。えーと、はごいた? らしいよ」
「……はねつき大会。……開催中……」

分からなさそうにしながらも説明する畢宿の後ろで、参宿が面白くもなさそうに続ける。何の話だと 全員で顔を顰める中、ミズハだけが懐かしそうな声を上げた。

「羽子板! 昨日からソラタと房が何かやってると思ったら、それに絵を描いてたのね」

相変わらず暇な人たちよねぇと夫も含めて笑ったミズハは、畢宿の手から羽子板を一枚取り上げた。
ぼんやりしてはいるが心火も身を乗り出させているので、ミズハが手にしたそれを見せている。

「これは白虎ね。干支じゃなくて四神を描いたのかしら」
「……多分。……亢が持ってたの……、青龍だ……」
「四神に分かれて羽根突き大会だって、朱雀はとっくに外で遊んでるよ。青龍は留守番がてら、格納 庫でやってる。あんまり近づきたくないね」

ついうっかり本音を交えて説明した畢は、玄武もそろそろ出て行くんじゃないかなと後ろを振り返っ た。

「双子の……、罰ゲームあり……」
「そうそう、負けたら墨を塗るんだって張りきってた。そういうものなのか?」
「本気でやる人はまだ見たことないけど、そういうルールはよく聞くわね」

双子ならやりそうよねところころと笑ったミズハは、眠そうな心火の頭を名残惜しそうに撫でた。

「それじゃあ、朱雀戦ならあの人負けそうだし。洗面道具用意しとかないといけないから、行くわね。
皆、晴れ着は汚さないように気をつけて」

墨で汚したら承知しませんからねと念押しして歩いていったミズハに、思わず全員脱いだほうがいい のかなと服を見下ろす。

「つぅか、片目で羽根突きってすごい不利だと思うんだけど」

ハンデよこせよなと昂宿が主張すると、参が鬱陶しい前髪を上げないまま顔を巡らせた。

「亢は……、ハンデなしだ……」
「あれと一緒にすんな!」
「昂より、ハンデなら俺がほしいよ」
「ハンディキャップなる物は公平さを欠く、実力勝負が基本だな」

觜宿が畢宿の泣き言をすっぱりと切り捨てると、奎宿もその通りですねと笑う。

「白虎で誰が最強か、試しますか?」





「大体ね、身体能力の差は歴然としてあるんですからハンディキャップは設けて当然なんですよ!」

ビーチバレーの時も確かそう主張してあっさりとスルーされた胃宿は、ぎゃーぎゃー喚きながらも昂 宿と結構いいラリーを続けていた。

「てめ、俺は片目見えてねぇんだからこっち側に打つな!」
「煩いですよ、さっきから変なところに打ってるのはそっちなんだから、ごちゃごちゃ言わないでく ださいよ!」
「胃のあれはわざとじゃない、打ち返すので精一杯なだけだ」

賑やかな二人の横で突っ込む余裕さえあるのは、畢宿と対戦している觜宿。こちらはわざと右に左に 振り回して、そろそろ畢宿がばててきている。

じゃんけんで勝った為、一回戦はシードで不参加の参宿が心火の隣に並んで観戦しているが、心火の 興味を一番引いているのは奎宿と婁宿らしい。
それはもう、羽根突きの域を超えている。といったスピードで羽根が行き交い、あれだけ眠そうだっ た心火がほわあと目を輝かせている。

「奎、少しくらい手を抜いてくださいよっ」
「おやおや、手を抜いた私に勝って何か楽しいですか?」
「とりあえずこの状況からは抜け出せますっ」

本来の羽根突きであれば、緩く放物線を描く間にそれらの会話ができそうだが。二人の場合は、その 会話の間にカカカカカカッと激しい音がして何度打ち合っているか数える気にもならない。
早くなればなるほど心火は楽しそうにしているが、強く出られないのを除いても婁宿がそろそろ押し 負けそうだった。

ただもうしばらくは意地で持ち堪えそうで、最初に脱落したのは既にふらふらの畢宿。もう無理〜と 嘆きながら倒れ込み、羽根突き怖いと呟いている。

「あーっ、心火! こんなとこにいたのか!」
「せっかく墨塗らしてやろうと思って探してたのに」

もう他の三つは決着ついたぞと声を揃えて飛行艇の下を通って双子が顔を見せたが、心火の目は高速 の羽根突きから離れない。何だよおと拗ねる双子に、誰が勝った……? と尋ねるのは参宿。

「そんなの、あのメンバー見たら各チーム誰が勝つかなんて一目瞭然だろ」
「くそう、角を真っ黒に塗り潰してやりたかったのになぁ!」
「やっぱり……、角か……」
「そー。玄武は女で、朱雀は鬼だ」
「他の連中は真っ黒にしてやった」

楽しかったと清々しく頷いた二人に、妥当だな……と参宿も頷く。
その間に胃宿が潰れ、こんな子供じみた遊びがどうのこうのとまた屁理屈を垂れている。おかげで心 火の視線を追う双子や他の面々も高速羽根突きに注目し、何百かも分からないラリーの末、婁宿が打 ち損なって羽根を落としたところを目撃した。

「こ、こんなにハードな遊びじゃないはずだ……っ」

ぜえぜえと肩で息をしながら婁宿がぼやきたい気持ちは分かるが、楽しかったですねとけろっと笑う 奎宿に疲れの色は見えない。

「「相変わらずふざけた遊び方だな、奎」」

ビーチバレーの惨劇再びかと双子は声を揃えたが、そんなことよりと墨と筆を効果音付きで取り出し た。

「負けた連中は罰ゲーム! そっちで勝手に次の試合やってなよ」
「っ、普通は最下位の人間だろう、罰ゲームなんて!」
「今更ここだけそうするって言ったら、既に真っ黒な箕が何て言うか知らないけど」
「婁が知ったことかって言うなら最下位だけでもいっけどー?」

角宿や奎宿の次にその兄に弱い婁宿が言葉に詰まると、双子は嬉々として倒れている畢宿に近寄る。
それから心火に振り返り、心火もするか? と声をかけた。

「するー!」

目をきらきらさせて駆け寄った心火は、双子の手から筆を渡されて首を傾げる。何をしていいのかよ く分かっていないらしいが、兄ちゃんの顔に落書きしていいぞと唆されると嬉しそうにきゃあと可愛 い悲鳴を上げる。
そのまま畢宿が待ってと止める間もなく、勢いよく眼鏡の上から一直線に筆を走らせた。

「あぁあああぁっ、眼鏡はひどい〜っ」
「煩い、心火が楽しそうなんだから我慢しろ」
「ちょっと待ってくださいよ、それひょっとして俺も、」
「当たり前。負けた奴全員、心火の好きにしていいぞ!」
「やったあ!!」

筆を振り回して被害を広げながら喜ぶ心火に、けれど今更逃げられもせず止められもせず。お互いに 相手を振り回してラリーを続けている觜宿と参宿、圧倒的素早さで早々と負けた昂宿までが涙を堪え て諦めている。

唯一呑気なのは自分の勝利を確信している奎宿で、双子を除いた弟たちが墨で塗りたくられているの を微笑ましく見守っていた。そしてどうにか觜宿に勝った参宿との対決もあっさりと勝利を収め、こ れで心火を抱いて帰る権利も自分の物と確信して声をかけたのだが。

「さて、そろそろ船に戻りましょうか」

参宿に至っては髪まで墨塗れで哀れな事態になっているのを横目に促すと、心火が筆を突きつけてき て軽く引いた。

「兄ちゃんもー」
「でも私は勝ったから、罰ゲームは必要ないですよ?」

それは罰ゲームですからねとやんわりと断ると、心火はえー、と愛らしく眉を顰めた。むうとそのま ま口を尖らせた心火は、墨たっぷりの筆を見下ろしてから上目遣いで奎宿を見る。

「……だめぇ?」
「うっ。〜〜いくら心火のお願いでも、」
「だめかぁ……」

口を尖らせたまま拗ねて視線を落とされ、目に見えて葛藤した奎宿は溜め息交じりに眼鏡を外した。

「髪にはつけないでくださいね……」
「いいの!?」
「ええ、もう、落書き程度で心火の気が済むなら」

好きにしてくださいと諦めた兄に、ありがとうーと言いながら容赦ない落書きが始まる。

「すげぇ、心火。さすが蛇の城最強」
「あの奎まで手玉に取るか」

凄いと二人して感心した双子は、複雑な顔で墨の落ちる顔を拭っている兄たちを眺めて、けらけらと 笑った。

「「ま、面白いからよし!」」

その調子で他の勝利者たちも黒くしてよしと唆した双子が十分後、同じ目に遭っているのは想像に難 くない。
被害を免れた嫁たちに着物は汚すなって言ったでしょう! と叱られる情けない兄弟の姿も見られる はずだが、いつものことなので追求はしないでおく。



-----------------------------------------------------------------


 おと様から年賀状を頂きましたっ!今年が寅年で本当に よかったv再来年は辰なのでその時には青龍を(撲)
最恐(裏番長的な意味で(笑))奎さんを落とすとはさすがアイドル(笑)しかし墨汁って…落ちないですよね。 お姉さま方のお怒りもいかばかりか(笑)そんな叱られ姿も見てみたい、今年最初の素敵頂き物ですvありがとうございます!


inserted by FC2 system