補給の為に船を着けるたび、真っ先に姿が消えるのは心宿だった。
彼の手が早いことは蛇では既に知られた事実だが、その軟弱そうな見かけによらずいっそ陰湿とも呼 べる性質をよく知る弟たちは、あれで女性受けするとは到底信じられずにいた。

「本当に恋人なんているのか? あいつの出身大陸って、確かシュザだろ?」
「こんなチャルタの半島にまで、いるわけねぇって」
「でもあいつ青龍なんだし、既に世界中うろうろしてんじゃねぇの?」
「世界中を回ったところで、あいつを恋人にしようなんて奇特な奴が何人いるよって話だろ?」

絶対見栄でも張ってんだってと主張する星宿に、人数的には多すぎるよなぁと軫宿も頷いている。
二人にとっ捕まって話に参加させられている鬼宿は、どーでもいーと苦笑しながらふと思い出して顔 を上げた。

「そーいや、あいつ青龍だけど船乗ったの遅いよな? 尾が小さかったから、青龍にはなったけどし ばらく船乗ってなかったんじゃなかったか?」

そう聞いたと思ったけどと首を捻った鬼宿に、何だそれと二人とも目を瞬かせている。

「何だよ、じゃああいつら、乗船期間だけ言ったら俺らとそんな変わんねぇの?」
「いや、俺が乗った時にはもういたけどな。最初の三年くらい、乗らないで支援活動してたんじゃな かったか?」

誰かがそんなこと言ってた気がすると鬼宿が思い出していると、初耳だと騒いでいた二人は通りかか った尾宿を見つけて声をかけていた。

「尾! なぁ、お前って最初、船に乗ってなかったのか?」
「ああ、あの頃はまだ小っちゃかったしなぁ。十二、……十三年前か、確か七才だったし。心は先に 乗ったけど、俺は二年くらい月暈(げっしん)で情報収集とかしてたなぁ」

でもその頃でも俺は蛇の一員だったけどなと心なし胸を張る尾宿に、星宿と軫宿は軽く憮然としてい る。朱雀が揃ったのは四年前、年こそ近いが蛇としての差はかなり隔たりがあると見せ付けられたよ うで、面白くはないのだろう。
蛇の期間を特に気にしてない鬼宿は、指折り数えて尾宿を見た。

「てことは、双子と変わんない時期に船乗ったんだな」
「そーだよ、心火が来るまで最年少乗船記録は双子じゃなくて俺だったんだぜ」

何故かより自慢げに告げた尾宿は、ふと我に返った様子で拗ねた顔をしている星宿と軫宿を見下ろし た。

「て、何でそんな話してんだぁ?」

何きっかけだよと苦笑交じりに問いかける尾宿に、思い出して鬼宿が手を打った。

「別にお前らの乗船エピなんてどうでもいんだよ、心がいつもさっさといなくなるからさ。本当に各 地に恋人二三人いんのかって話してたんだ、こいつらが」

俺は留守番仕事中だっての頭の後ろで腕を組みながら大きく息を吐き出した鬼宿のそれで、二人も本 筋を思い出したらしく騒ぎ出した。

「そうそう、心に恋人がいんのはいいとして、こんな辺境にまでいねぇだろ?」
「つーか恋人がそんな各地にいるわけねぇって。なー?」

そうだろそうだよなそうだと言えとばかりに詰め寄る二人に、尾宿はつまんねぇ話してんのなぁとけ らけらと笑う。

「心に恋人なんて、いるわけないだろぉ」

何言ってんだよと続けた尾宿に、星宿と軫宿が、だよなー! と声を揃えるより早く。

「あの人、大体何でも使い捨てだしなぁ」

恋人なんて言えないだろぉ? と、さらっと碌でもないことを答えた尾宿は、ああでもと考え込むよ うな素振りで天井を仰いだ。

「切るのも面倒臭くて繋がってる関係、ならあるかもなぁ。頭領に拾われるまで、兄貴の荒み方って 凄かったからさぁ。なぁ、ソフィア」

多分に自分を探して追いかけてきた嫁に尾宿が同意を求めると、唐突に話を振られたソフィアは何の 話かと驚いたけれど素直に頷いた。

「カッファの手癖の悪さときたら、それは町でも評判だったわよ。年頃の娘さんがいる家は、カッフ ァを見た途端に厳重に戸締りを始めたくらいだもの」
「まぁ、それも無意味なんだけどなぁ。だって相手のほうから、わらわら兄貴に群がるんだしー」
「でも親御さんにしたら、隠したいのが心情なんじゃない?」

だってひどかったものと笑顔で言うソフィアに、確かにひどかったぁと尾宿が腹を抱えて笑い出す。

「大分笑い事じゃねぇだろ、それ」
「つーかそんだけひどいって知れ渡ってて、まだ寄ってくるのか……?」
「怖い物見たさってやつ、心火ー!」

どうした兄ちゃんの仕事っぷり見に来たのかとほくほくした鬼宿がしゃがんで腕を広げると、たーっ と駆け寄って抱きついた心火は違うーと楽しそうに頭を振る。鬼宿は何だ違うのかとでれでれしなが ら抱き上げ、やぁん降りるーと楽しそうに逃げようとする心火を捕まえ直して笑っている。

「馬鹿、鬼なんかに会いに来るわけねぇよな?」
「俺だろ、俺に会いに来てくれたんだよな?」
「違うわよ、お姉ちゃんを探してくれてたのよね?」

口々に構われるのが嬉しいのか、心火は後ろ向きに抱えられるような格好で足をぷらぷらさせ、違う ーと楽しそうに頭を振る。

「俺ねぇ、俺はお使い行くのー」
「お使い? え、一人で!?」

嘘だろぉと尾宿が目を瞠ると、一人でー! と目一杯嬉しそうに心火が笑う。

「これがあれか、俗に言うお使いデビュー!?」
「一人でできるもん、ってあれか!?」
「誰か、カメラ! カメラ持ってきてちょうだいっ」

記念よ激写しなくちゃ一部始終収めなくちゃと大騒ぎする兄ちゃんや姉ちゃんを尻目に、心火はお使 いーと楽しそうにしている。
どうせ今回は留守番で降りられない鬼宿は騒ぐのは他の面々に任せて、いいなぁと心火をぎゅうと抱 き締める。

「心火は一人でお使いまで行くのに、兄ちゃんは今回留守番かぁ!」
「てんきょくも、留守番だよ?」
「いやいやいや。頭領と留守番って、ちょー心弾まねぇ……」

婁じゃあるまいしと苦笑する鬼宿に、心火は分からなさそうに首を傾げる。
一頻り大騒ぎして落ち着いたらしい四人は、そんなことよりと心火を覗き込んだ。

「お使いって、何を買いに行くの?」
「んーと、水着ー」
「水着? ってあの、海とかプールで着るあれ?」
「馬鹿、決まってるだろ。でも何でまた急に、水着なんだ?」

ソフィアの問いに心火が答えると、星宿と軫宿が顔を見合わせた。尾宿は記憶を辿るように視線を上 げた。

「頭領が寒すぎて切れそうだからサクハラの海岸に行くって言い出したーって、心が言ってた気がす るなぁ」

今のとこ襲撃予定もないしと肩を竦めながらのそれに、鬼宿も心火を抱き直しながら頷いた。

「女が寒いところは冗談じゃねえ! ってマジギレしてたけど、それも関係あるんじゃね?」

よく知らねぇけどと鬼宿が首を傾げると、何か思い出したらしい心火はじたばたと向きを変えて、鬼 宿の首筋にぎゅーっと抱きついてきた。何だその特別サービスと鬼宿がときめいていると、抱きつき たいなら兄ちゃんにしとけ! と三宿が引き剥がさん勢いで手を伸ばす。
一人だけ理解しているらしいソフィアが、成る程、それが理由ねと幾らか苦く呟きながら頷いた。

「それにしてもサクハラに行くまで補給が切れそうだったわけでもないのに、どうしてわざわざここ に寄ったのかしら?」
「そうだよなぁ、水着なら別にサクハラでも買える、」

言いかけて唐突に真実に辿り着いた尾宿は、鬼宿に抱き締め返されてきゃあきゃあと声を上げている 心火の頬をつつくようにして注意を引いた。

「なぁ、心火。ひょっとしてどこの水着を買いに行くか、指定されたろぉ」
「んー、と、んー、タラウマイロンのー、新作水着。ぴらぴらで、ピンクのー、こういうの」

今着ているワンピースを引っ張って教えてくれる心火に、やっぱりかと脱力して座り込む。

「房の拘りだろぉ。タラウの新作並べる店って、ここにしかないもんなぁ」
「心火の水着で決まる補給地か。……まぁいいけど」
「初めてのお使いで買いに行かせる物とは思えねぇけどな」
「つーか俺も水着持ってねぇって。あ! なぁ、心火、兄ちゃんと一緒に買いに行こう?」
「だぁめ! 俺は一人で行くのー」

兄ちゃんも一人で行くのと顔を押し退けられた星宿は、扱いがひでぇと蹲って嘆く。軫宿はその星宿 を押し退けて、そしたらと指を立てた。

「途中まで。途中までなら一緒に行ってもいいだろ? 兄ちゃんたちも買い物したいし、な?」
「むー……。……途中まで、だけ」

一緒でもいいよーと拗ねたように諦めた三才児に連れられて、星宿と軫宿は船を降りた。





てめぇらなんか呪われろと留守番の鬼宿の負け惜しみを受けて送り出された星宿と軫宿は、一人で歩 けるのー! と主張をして歩く心火の後ろをついて歩きながら、きょろきょろしている姿を微笑まし く見守っていたのだが。
あー、と心火が指差した先を眺めて思わず隠れたのは、心宿が複数の女性に囲まれている姿を発見し たからだ。

「あいつ、本気であんなもてるのか!」
「馬鹿、あれ修羅場臭くね?」
「全員過去に関係のあった相手だったら、引くよな……」
「つーか、この短時間でナンパしてても引く。関わりたくねぇ」

思わず影にしゃがみ込んでひそひそと会話していると、心火も面白がって二人の格好を真似て下から 覗き込んでくる。

「まじ引くー?」
「ナイス応用! じゃなくて。心火、あんな大人になっちゃだめだぞ」
「それは心か取り巻きか、どっちになるなって警告だ?」
「馬鹿、両方だ」
「確かに」

しみじみと頷き合っていると、心火も同じように頷いているのが可愛らしい。とりあえず見なかった ことにしてその場を立ち去ろうと促しかけたが、心火が心はー? と首を傾げるので、ちらりと悪戯 心に火がついた。
不思議そうにしている心火を抱き上げてぼそぼそと何かを言い聞かせると、心火は目を瞬かせたが分 からなさそうにしたままも頷いた。

「よし、じゃあ行って来い」
「幸運を祈る!」

ぐっと親指を立てて見送る二人に心火は楽しそうに顔を輝かせ、たーっと駆け出した。





心宿は見覚えのあるようなないような女性陣に囲まれて、正直辟易していた。
現れたのが一人だったなら話は早かったのに、後から後から湧いてきたのだ。自業自得だと言われれ ばそうかもしれないが、今となっては鬱陶しい以外に言葉はない。いい加減にうんざりして、どうや って切り上げるかと考え出した頃。

「パパー!」

聞き慣れた声で視線を巡らせると、可愛らしいワンピースに身を包んだ心火が駆け寄ってくるのを見 つける。思わず破顔してしゃがみ、抱きついてくる心火を抱き上げて体勢を戻した。

「どうした、心火。可愛い格好だな、お出かけか、お使いか?」
「お使いー! 今ね、今兄ちゃんたちと途中までで、でも一人でお使いなの!」

目をきらきらさせて報告する心火に、そうかと頷くとそれは嬉しそうにされる。なんて可愛らしいと 噛み締め、心火を抱き上げたまま歩き出した。

「カッファ!? 待って、パパって、パパってどういうこと!?」
「その子、カッファの子なの? 誰が生んだの!?」

ひどいとでも続けかねない女性陣に振り返ることなく心火だけを見上げて歩くのに、鬱陶しくも後ろ からついてきているらしい。説明してちょうだいと金切り声を上げて詰め寄ってくる連中に、心火が 首を傾げてぺちぺちと頭を叩いてきた。

「心ー? 姉ちゃんたち、怒ってるよ。めっ」
「そうだな、姉ちゃんは怒らせると拙いが。これはいいんだ」
「どうして?」
「この先、二度と会わない相手の機嫌なんか気にするな」

気にするだけ損だと断言する心宿に、女性陣のほうが狼狽える。

「カッファ、二度と会わないってどういうこと?」
「私じゃないわよね、この女のほうよね!?」
「違うわ、あんたに決まってるじゃない!」

煩くまた騒ぎ出した女性陣にうんざりと溜め息をつき、蹲って隠れているつもりなのだろう星宿と軫 宿の隣を通り過ぎがてら手近な星宿を蹴りつける。

「今回は助かったからこれで許してやる、なんて言うと思うか? 心火を巻き込むな、この腐れ弟ど も」

死にたいのか、殺されたいのかと酷薄に細めた目は案外本気で、軫宿は立ち上がれないほど痛がって いる星宿を見捨てて立ち上がると、思い切り首を振った。心宿はふんと鼻を鳴らして通り過ぎると、 痛いのだめなのにーと肩に抱きつくようにして足を揺らしている心火に、ごめんごめんと軽く謝って いる。

「カッファ、待って、まだ何にも説明されてないわ!」
「その子もこの人たちも誰なの、教えてくれたっていいじゃない!」

カッファと繰り返して縋ってくる女性陣をあくまでも無視して歩を進めていると、けほけほと咳き込 みながら追いついてきた星宿が咎めるようにこちらを見てくる。
「お前も説明くらい、してやれよな。自分に好意を向けてくれてる人間に対して、失礼だろ」
「失礼なのはあっちだろう。こんなに可愛い生物が駆け寄ってきて、可愛いの一つもないなんて。常 識がないにも程がある」

俺の心火だぞと真顔で主張する心宿に、俺たちのだ! と思わず二人とも声を揃えて本気で言い返す。
心宿はほおと目を眇め、話についていけずつまらなさそうにしている心火の背を撫でた。

「俺はパパなんだろう? なら俺の心火だな、そうだな?」
「「なっ、!」」

そんなわけあるかと叫びたいものの、そう言って駆け寄るように指示したのは二人だ。したい反論を 噛み締めて睨みつけていると、心火がじたばたと暴れ出した。

「おーりーるー。お使い行くのー!」
「もう降りるのか? 俺が店まで連れて行ってやるぞ、そうしよう、な?」
「いや。一人でお使いするの」

兄ちゃんいらないと顔を顰めて言い放たれた心宿は、心火を降ろした後にひでえと本気で蹲って傷つ いている。そこにすかさず女性陣が群がり、可哀想に、元気出してと慰めていて、あれだけ邪険にさ れてそれでもこれがいいのか!? と、二人の弟は怖い物を見るように遠巻きにその光景を眺める。

「顔なら房のほうがよっぽどいいだろ、何で心なんだ?」
「俺らには見えない何かが出るのか?」

まるでそれを見つけたげに睨むように心宿を眺めていた二人は、ばいばーいとかけられた心火の声に はっとして振り返った。

「心火、一人じゃ危な、」

危ないからと続けかけた二人は、ほにゃっと笑って手を振る心火の可愛さにやられたのも然ることな がら、その背後に気づいて絶句した。
心火に程近い場所に潜む小さい二つの影は、多分双子だろう。他にも変装に近い格好をしてカメラを 構えている夫婦は明らかに箕宿たちだし、不自然なサングラスの野郎連れは女宿を始めとした玄武っ ぽい。

「……いや、まぁ、確かに心配だけどさ」
「一人でお使いは記念すべき一大イベントだけどさ」

後ろでいらないと言われただけでどんよりと落ち込んでいる心宿も含め、何だろうこの妹馬鹿どもと、 思わず心中の突っ込みさえ揃うほど呆れ果てる。
自分たちも傍から見れば同じようなものだが、突っ込む者がいない今は気づかなかったことにしてお く。

「──お前、あれに加わる勇気があるか?」
「馬鹿、お前、心火は可愛いけどあれは無理だろ」
「だよな。……買い物行くか」
「水着買っとかねぇと、心火と遊べねぇしな」

うんうんと頷き合った二人は、心火を見守る役目は後ろのストーカーに任せて買い物に向かったが。
その行動原理も後ろの面々とさほど変わらないのではないかの突っ込みを入れる者もないので、なか ったことにされるらしい。




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 おと様よりいつもありがとうございます!
心と心火ちゃんのお話ということでどんなお話になるのだろうとドキドキしておりました。わー、心さん外道(笑)
賞賛されるべきは外道味な心さんと長く付き合っている弟夫妻か、もしくはそんな心さんすら落とす心火ちゃんの愛おしさか。(笑) そっとわかった二人の過去話にも興味が尽きませんv


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