井宿はたまに、いきなり思いついた設計図を認め始めることがある。いつでもどこでもどんな時でも、 どうやら懐に常備されているらしい設計図をばっと広げ、そのままがりがりと描き始めるのが常だっ た。

食事中でも邪魔だと邪険に扱われたところでひたすら描くのだが、切れた女宿が一度描きかけの設計 図に弟たちの食事をぶちまけた挙句に本人を蹴り飛ばし、うぜぇと低い一言でようやくその手を止め させたことはあるが。
それ以外は誰の言葉も聞こえないらしく、井宿が設計図を広げたら相手にするなというのが蛇の暗黙 の了解になっていた。

とはいえ一度痛い目に遭えば井宿でも反省はするらしく、ここのところ食事中に設計図を広げること は少なく──思いついても床に移動している──、仕事中に格納庫でいきなり、というのが多かった。 今回もまた神の啓示でも受けたかのようにはっとした井宿は、鬼宿が整備する横で挟んでいた口を閉 じるといきなり設計図を広げてがりがりと描き始めた。

「あーもーせめて整備終わってからにしろよなあ」

てめぇが機能拡張しろってさせてんじゃねぇかよとぶつぶつとぼやく鬼宿の言葉も、どうやら耳に入 っていないようだ。

「まぁまぁ、いいじゃん、ようやく煩い口閉じてくれたんだし。今の間にエンジン解体とか、」
「しねぇ! つーか何でエンジン解体するって発想なんだよ!」

整備する手を止めないまま鬼宿が怒鳴りつけた先は、少し離れたところで小型機のメンテナンスをし ていた危宿。
空賊になる前は解体屋だった危宿は、鬼宿にとって実は仕事上の知り合いでもあった。その頃からち ょっと珍しい機体を見ると目を輝かせ、あれ解体していいか!? と無茶を尋ねてきたものだったが。
今も変わらない悪癖は、すかさず突っ込まないと即座に実行されると身に沁みている。

「えー。たまには分解掃除したほうがいいじゃん」
「お前、ただ解体してぇだけだろ」

エンジン壊してどうするよと顔を顰めながらも突っ込むと、壊すわけじゃないじゃーんと呑気に語尾 を伸ばされる。

嘘だ、絶対嘘だ。

鬼宿も機械屋の端くれとして、見たことのない機械を目にすればまず構造が気になる。ちょっとばか し中を拝みたいという欲求はだから、実のところ分からないではない。が、危宿のそれは度を越しす ぎている。

以前一緒に仕事をした、まだ危宿も十代で可愛げもあった頃だ。ある機体を分解して組み立て直す、 二日もあったらできる仕事が一週間もかかって納品先に怒鳴られたのは、危宿があまりに面白がって 解体しすぎたからだ。
目を離した隙にどうしてそこまで! と悲鳴を上げたいくらい原形を留めた部品がなくなっていた。 確かに、解体屋としては使える螺子の一本まで売り捌くのが業だろう。徹底解体はお手の物だという のも知っていた。が。

あの時は組み直すのが目的で、言わば鬼宿がメインの仕事だった。それを手伝わせたのは、危宿が解 体なら本業に任せたほうがお得じゃんとか何とか擦り寄ってきて、格安でいいからと売り込んできた から使ってやったのだ。
まさか、仕事がほしかったと言うより単に解体したかったなんて誰が想像しただろう。

「お前が解体していいのは襲撃する飛行艇と壊れた機体だけ! 今はさっさと整備しろっての!」
「ちぇー。弟の分際で生意気じゃん」
「うっせぇわ、兄貴名乗りたいなら仕事しろ仕事!」

次の襲撃に使うんだからなと睨むように見据えて言いつけると、年下の兄ははいはいと適当に返事を しながらも整備に戻る。信用ならねぇと口の中で呟きながらも自分も仕事に集中し始めた頃、できた と満足げに呟く声にふっと気を取られた。
危宿に至っては既に井宿の隣に座り込み、どれどれと設計書を持ち上げて眺めている。お前ら仕事と 苦情を呈しつつも鬼宿も興味があって、危宿の後ろから覗き込む。

「おおっ、六人乗りの小型機じゃん。つか、エンジンでかっ」
「やたら馬力あんのはいいとして、小回り利かなくね?」
「でもこれ六機じゃん、半分にしたら弱いじゃんか」
「だから四機ならいけるだろ、そのほうが軽いし動きやすい」
「そんなの今のと変わんないじゃん! どうせ作るならがーんっとでかいのがいいって、なぁ、井!」
「お前なぁ、軍隊じゃねんだから馬鹿でか重いの作ってどうするよ。それよか小回り利いて速いのが よっぽど使えるっての!」
「逃げるより一発かまして落としたらいいじゃん! そんなだからタマなんだよ!」
「どういう意味だ、このヤメ!」

てりゃと持っていたスパナを投げて怒鳴る鬼宿に、危険なことすんなと危宿がボルトを投げて応戦す る。そのまま色んな物が飛び交って喧嘩が発展していく中、設計図を持ってちょっと避難した井宿は ふぅむと何か考え込むように設計図と睨めっこしている。

「大体、あのでかさの飛行艇に何期待してやがんだ!」
「それはこっちの台詞じゃん! あの大きさで速さ求めたって、もっと軽いのに勝てるわけないじゃ んか!」
「それ言うならあの程度の装甲、ヴィオラルタの主砲一発で沈むっての!」
「ヴィオラルタの主砲が届く範囲まで落ちてたら、どんな機体でも一発じゃん!」
「だから落ちない程度の軽さを、」
「装甲をもっと分厚くして、」
「それだと速さが、」
「火力重視!!」

がーっと怒鳴り合いながら粗方手近にある物を投げ尽くした二人は、呑気に設計図を眺めている井宿 を同時に睨みつけた。

「お前が描いたんだから、お前も参加しろよ!」
「つーか怪我する前に止めようとしたらいいじゃん、お前もっ」
「……ああ。趣味かと思って」

止めるのは悪いかと思ったとしゃあしゃあと嘯いて振り返りもしない井宿に二人して詰め寄り、この 愚弟駄目兄貴と危宿は肘で鬼宿は膝で井宿の頭を押さえつける。
痛いだろうと適当に抗議した井宿は二人を振り払うでもなく設計図を床に置き、またぶつぶつと何か 呟きながら描き足していく。

不自然な体勢のまま設計図を覗き込んでいる二人も、今度は井宿のペン先を指しながら口を挟む。

「それ、マクナ機の技術そのまま転用できるんじゃね?」
「あ、そしたらワタフナの筒法でそのまま足せるじゃん」
「ワタフナは駄目だ、あれは信号の計算がずれる」
「んじゃ、ロクイの円筒法……って、あれ回りくどくて計算遅いか」
「そんなんトポスが出した今度のOS入れたら何とかなるじゃん」
「そんなことをしなくてもロクイを簡略化させればいい、発想自体は正しいからな」
「つか、発想自体って、そもそもの原型は井が発表してんじゃん」
「馬鹿め、何年前の話だ」

そんな古い知識と吐き捨てながらも設計図に細々とした計算まで書き込んでいく井宿の手許を覗き込 んだまま、二人ともすっかり仕事を忘れて白熱している。

「お前たち、俺がやりたくもない事務仕事をしている間、ひたすらそこで喋ってただけか!?」

そこに直れと怒鳴りつけながら飛んできた缶詰を、危宿と鬼宿はさっと避ける。さすがに眼鏡が壊れ たら大怪我だろうと避ける時に危宿が襟首を引っ張ったおかげで井宿も免れたが、おかげですごい勢 いで投げられた缶詰は危宿がメンテナンスしていた小型機に直撃している。

「ああぁっ、てめ、婁! 壊したらお前が直す、」
「怠けていたのはどこのどいつだ、お前が直すに決まっている」

相変わらず無駄に姿勢のいい婁宿は、蔑むような目つきで見下ろしてくる。年齢で言えば二十八宿中 で一番幼い婁宿だが、こうして怒り心頭に発していると角宿ばりに逆らい難い。
確か十六七の頃には既にこの船に乗っているはずで、士官学校に入っていたという話も聞かないのに、 どうしてこう軍人めいているのか。奎だ、奎がいらんこと仕込んでやがるんだとぼそぼそと話す二人 をきっと睨みつけた婁宿は、ファイルを抱えたままかっと踵を鳴らした。

(ますます軍人ぽい……)

元軍人の奎でもあそこまでじゃないよなーと懲りずに心中に呟いている間も、お前たちはと上から叱 りつけられる。

「機体の整備を怠って、万が一の事態を巻き起こしたらどうする気だ」
「それはそうならないように努めるけど、今その危険を犯したのは婁、」
「お前たちが怠けていなければならなかった事態だ」

きっぱりと腹立たしいほど清々しく断言され、ぶーぶーと抗議は試みるがまた睨まれる前にさっと視 線を逸らす。痛そうに額を押さえて大仰に溜め息をついた婁宿は、整備途中の状況を一瞥して再び視 線を戻してきた。

「罰則として仕事が終わるまで食事は抜きだ、勿論心火も来させない」
「っな、心火は関係ねぇじゃん!」
「何つー横暴だコラ、飯はともかく心火はお前が自由にできるとこじゃねえだろ!」
「……、心火……」

三人がかりでじとぉっとした目と大声での抗議をするにも拘らず、婁宿は煩いとぴしゃりと一言で反 論を遮った。

「押し付けられた事務仕事さえ真面目にこなした俺の前で、ひたすら怠けてた連中が逆らう権利があ るはずがない」

これは決定だと断言した婁宿は、そのままかつかつと靴音高く格納庫を出ていく。どんな横暴だーっ と思わず全員で声を揃えていると、しょうがないですよとのんびりした声がかけられた。

「張。お前、見てたんなら止めろよ!」

それでも弟かと鬼宿が噛みつくと、張宿は苦笑めいて笑うと小さく頭を振った。

「僕はこの半日、あの状態の婁と事務仕事だったんですよ? 君たちのじゃれっぷりにこっそり頭に きてるのは、婁だけじゃないですから」

仕方ないですよねと少しだけ申し訳なさそうないつもの笑顔で、ちゃらっと張宿が言う。大分、お怒 りらしい。

「いやでも心火は関係ないじゃんか!」
「そうだよ、心火が好きでこっちに来るのは止めることないだろっ」
「そうですね。では、心火が好きでこっちに来るのは止めないでおきます」

それでいいですかと確認され、危宿もろとも勢い込んで頷く横で井宿が軽く顎に手を当てた。

「それは、心火がこっちに来たくなるようにはしない、とも取れるが……」
「はは。嫌だな、井兄、穿ちすぎですよ」

多分とそれはいい笑顔で付け加えた張宿は、それではお腹も減ってるのでこれでと一礼して歩いてい く。

「待てコラそこの下から三番目、お前に兄ちゃん孝行しようって気持ちはないのかーっ」
「はは。角兄にそのまま伝えます」
「「すみませんそれだけは心から勘弁してくださいっ」」

それだけはと思わず危宿と二人して床に額を擦りつけると、張宿は心がけてはおきますとやっぱりち ゃらっと答えて婁宿の後を追うように格納庫を出ていった。

「……あいつ、あーゆー陰険な怒り方する奴だったっけ?」
「つーか、それだけ事務仕事苦手なんじゃん?」
「いや、苦手なのは怒り狂った婁だろう」

あれは事務向きだと評価した井宿は、設計図を見下ろして溜め息をついた。

「とりあえず整備を早く終わらせろ」
「ろって、お前がそもそも脱線したんじゃんか!」
「お前もさっさと脱落したけどな! つーかマジ早く取り掛かれ、飯はともかく心火は寝たら今日も う会えねえ!」

ただでさえ少ないチャンスを逃してなるかと必死に整備に取り掛かる鬼宿の言葉で、二人ともはっと した様子で仕事に取り掛かる。



蛇を形作る星の一つ一つ、火を燈す為だけに今日もせっせと頑張るらしい。



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 おと様より機械まわり3人衆頂戴しました!
毎度のことながら勝手に押し付けてしまったSDな危井鬼3人組にこんな素敵創作を…!なんだかんだで最年少 のはずのタマが一番苦労してそうなのがなんとも愛らしいです。そしてこっそり黒張にもテンションあがっております(笑)
何のかんのと騒ぎつつ兄弟仲良く船は今日も平和な様子。暖かな和みをありがとうございました!


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